映画『Miles Ahead マイルス・デイヴィス 空白の5年間』

イントロダクション&ストーリー

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イントロダクション

トランペットを手放し
創作活動を休止した〝空白の5年間″
イントロダクション シーン

マイルス・デイヴィスはトランペット奏者にとどまらず、「ジャズ界の革命児」「ジャズの帝王」とも称されている。しかし彼には、半世紀のキャリアにおいて、創作活動を休止した“空白の5年間”があった。なぜ、彼は活動を休止したのか?そして彼に何があったのか?最愛の妻との別れ、ドラック、襲い来る現実と幻想、そして天才であるがゆえの創作の苦しみや隠遁願望…。マイルス・デイヴィスの実像を映画化するのは、極めて厳しいとされてきた。しかし、この作品は史実とフィクションを織り交ぜ、彼の真実に迫り“マイルス・デイヴィス”を描き切った意欲作だ。

珠玉の名曲と共に受け継がれたスピリット
オスカーに手をかける実力派名優ドン・チードル渾身の一作!

この念願の企画で監督デビューを飾り、トランペットの特訓を積んでマイルスの外見、性格、仕種を完璧なまでに体現したのは、『ホテル・ルワンダ』や『アベンジャーズ』シリーズで知られる俳優ドン・チードル。マイルスが遺した珠玉の名曲を全編にフィーチャーし、エンディングでは彼の音楽性を今に受け継ぐ豪華ミュージシャン競演によるライヴ・シーンを実現。まるで一瞬のひらめきのように偉大なるカリスマの魅力の“すべて”を凝縮し、あらゆる観客に驚きに満ちた発見と刺激をもたらす野心的な快作がここに完成した!

ストーリー

ストーリー シーン

 1970年代後半のニューヨーク。長らく音楽活動を休止中のマイルス・デイヴィスの自宅に、彼のカムバック記事を書こうとしている音楽記者デイヴが押しかけてくる。しかし体調不良に苦しみ、ドラッグと酒に溺れるマイルスは、創作上のミューズでもあった元妻フランシスとの苦い思い出にも囚われ、キャリア終焉の危機に瀕していた。やがてデイヴと行動を共にするうちに、悪辣な音楽プロデューサーに大切なマスターテープを盗まれたマイルスは、怒りに駆られて危険なチェイスに身を投じていく。その行く手に待ち受けるのは破滅か、それとも再起への希望の光なのか……。

  • 監督・製作・共同脚本・主演:ドン・チードル(『ホテル・ルワンダ』)
  • 出演:ユアン・マクレガー、エマヤツィ・コーリナルデイ 音楽:ロバート・グラスパー
  • 原題:Miles Ahead /2015年 アメリカ映画/字幕翻訳:寺尾次郎/字幕監修:小川隆夫/配給:ソニー・ピクチャーズ エンタテインメント Miles-Ahead.jp映倫マーク(PG-12)

12月23日(金・祝)TOHOシネマズ シャンテ ほか 全国順次ロードショー

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キャスト&スタッフ

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キャスト

ドン・チードル(マイルス・デイヴィス/監督・主演・共同脚本・製作)

ドン・チードル

 1964年、ミズーリ州カンザスシティ生まれ。カリフォルニア芸術大学で学んだ。『ドライブアカデミー/全員免停』(85)で映画デビューし、キャリアの初期には『ハンバーガー・ヒル』(87)、『カラーズ/天使の消えた街』(88)に出演したほか、TVシリーズ「ピケット・フェンス ブロック捜査メモ」(96-98放送)のレギュラーを務める。デンゼル・ワシントン主演のハードボイルド映画『青いドレスの女』(96)の演技が絶賛され、全米批評家協会賞とL.A.批評家協会賞の助演男優賞を受賞した。その後は映画、TV、舞台で幅広く活躍しており、アフリカのルワンダにおける大量虐殺事件を題材に実在のホテルマンを演じた『ホテル・ルワンダ』(06)でアカデミー賞®主演男優賞とゴールデン・グローブ賞男優賞(ドラマ部門)にノミネート。豪華キャスト共演の犯罪映画『オーシャンズ』シリーズ(02・05・07)のバシャー・ター役や、『アイアンマン2』(10)、『アイアンマン3』(13)、『アベンジャーズ/エイジ・オブ・ウルトロン』(15)、『シビル・ウォー/キャプテン・アメリカ』(16)におけるローディ/ウォーマシン役でもおなじみである。最近では2012年スタートのTVシリーズ「House of Lies」で主演、製作総指揮、監督を務め、高い評価を得ている。『MILES AHEAD/マイルス・デイヴィス 空白の5年間』で劇場映画の監督デビューを飾った。

 

ユアン・マクレガー(デイヴ・ブレイデン)

ユアン・マクレガー

 1971年、イギリス・スコットランド生まれ。幼い頃から俳優を志して高校を退学し、レパートリー・シアターで初めて舞台に立つ。ロンドンのギルドホール音楽演劇学校で学んだのち、TVドラマ「カラーに口紅」(92・未)の主役に抜擢された。映画界で注目されたきっかけはダニー・ボイル監督の劇場映画デビュー作『シャロウ・グレイブ』(96)で、ドイル監督と再び組んだ『トレインスポッティング』(96)でブレイク。その後はイギリスを代表する若手スターとして広く認知され、『スター・ウォーズ』シリーズのエピソード1~3(99・02・05)でオビ・ワン=ケノービを演じるなど、ハリウッド映画にも活躍の場を広げた。『ムーラン・ルージュ』(01)、『砂漠でサーモン・フィッシング』(12)の2作品でゴールデン・グローブ賞男優賞(コメディ/ミュージカル部門)にノミネートされ、『ゴーストライター』(11)ではヨーロッパ映画賞男優賞を受賞している。

 

エマヤツィ・コーリナルディ(フランシス・テイラー)

エマヤツィ・コーリナルディ

 1980年、ケンタッキー州フォートノックス生まれ。ニューヨークのウィリアム・エスパー・スタジオとアクタース・トレーニング・スタジオ、ロサンゼルスのプレイハウス・ウェストで演技を学んだ。2000年代初頭から何本かの映画、短編に出演し、2007年のTVシリーズ「The Young and the Restless」(未)のレギュラーを務める。アヴァ・ドゥヴァーニー監督の人間ドラマ『Middle of Nowhere』(12・未)では主役に抜擢され、アフリカン・アメリカン映画批評家協会賞の女優賞、ゴッサム賞のブレイクスルー俳優賞を受賞した。最近では、2015年に配信が始まったAmazonのオリジナルTVシリーズ「ハンド・オブ・ゴッド」、カリン・クサマ監督のスリラー映画『不吉な招待状』(15・未)、2016年スタートのTVシリーズ「ROOTS/ルーツ」などに出演している。

キース・スタンフィールド(ジュニア)

 1991年、カリフォルニア州生まれ。少年時代に演劇に親しみ、俳優の道を志す。初めて出演した映画は、デスティン・ダニエル・クレットン監督が大学の卒業制作として手がけた短編『Short Term 12』(08・未)。その後しばらくさまざまな職を転々とするが、クレットン監督が『Short Term 12』を長編に発展させた『ショート・ターム』(14)で問題を抱えたティーンエイジャーを好演し、インディペンデント・スピリット賞助演男優賞にノミネートされた。最近では『パージ:アナーキー』(15)、『グローリー/明日への行進』(15)、『DOPE/ドープ!!』(16)などに出演し、『ストレイト・アウタ・コンプトン』(15)ではスヌープ・ドッグ役を演じた。ラッパーとしても活動しており、MOORSというグループのボーカルを務めている。

マイケル・スタールバーグ(ハーパー)

 1968年、カリフォルニア州生まれ。カリフォルニア大学ロサンゼルス校、ジュリアード音楽院などで学んだのち、長らく舞台俳優として活躍する。コーエン兄弟の『シリアスマン』(11)でゴールデン・グローブ賞男優賞(コメディ/ミュージカル部門)にノミネートされ、映画界でも注目された。2010年スタートのTVシリーズ「ボードウォーク・エンパイア 欲望の街」(11放送)のアーノルド・ロススタイン役でも知られている。その後の主な出演作は『ヒューゴの不思議な発明』(12)、『セブン・サイコパス』(12)、『リンカーン』(12)、『ヒッチコック』(12)、『メン・イン・ブラック3』(13)、『ブルージャスミン』(14)、『完全なるチェックメイト』(15)『トランボ ハリウッドに最も嫌われた男』(16)、『スティーブ・ジョブズ』(16)など。

スタッフ

共同脚本: スティーヴン・ベーグルマン

 自身のオリジナル脚本に基づき、キアヌ・リーヴス、キャメロン・ディアスが主演を務めたクライム・コメディ『フィーリング・ミネソタ』(97)で監督デビューを飾った。その後はスリラー映画『Brother's Keeper』(02・未)に共同脚本で参加し、『ジェームス・ブラウン ~最高の魂(ソウル)を持つ男~』(15)に原案を提供。また最近では、2015年スタートのTVシリーズ「Wicked City」の企画、製作総指揮を務めている。

製作: ダリル・ポーター

 シカゴの法律事務所でキャリアをスタートさせたのち、ビジネス、法律、経営の専門家として活躍。知的財産の開発、マーケティングと活用を専門とするアイコニック・スペクトラム社を設立し、社長を務めている。それ以前はトリビューン・エンターテインメント社でビジネス部門の責任者を務め、アレン&アルバート・ヒューズ兄弟と共同経営にあたったアンダーワールド・エンターテインメント社では、兄弟が監督した『ダーク・ストリート/仮面の下の憎しみ』(95・未)に製作総指揮として携わった。

製作: ヴィンス・ウィルバーンJr.

 マイルス・デイヴィスの甥であり、マイルスの子供たちとともにマイルス・デイヴィス・プロパティーズを統括している。またドラマー、プロデューサーとしてキャリアを積み重ね、1984年から1987年にかけてマイルスのツアーやレコーディングに参加した。1989年にはネフドラム・プロダクションズを設立。最近ではマイルス・エレクトリック・バンドの演奏に参加したほか、さまざまなイベントのパネラーやホストを務めている。全米レコーディング芸術科学アカデミーのメンバーでもある。